住戸01 居場所がたくさんある暮らし
最初は半信半疑
ずっと髪の毛を切ってもらっていたヘアデザイナーさんが独立され、その方のご自宅でカットしてもらいました。敷地に入った瞬間、門のつくり、玄関からすべてに驚き、感動したのを覚えています。その建物がアーキネットのもので、コーポラティブハウスという方法論との最初の出会いでした。
元々、家を持とうとは思っていませんでした。引越しをたくさんしていろいろな部屋に住んできました。10回ほど。その中で、いいなと思った部屋は2 戸ぐらい、満足できる物件は少なかったです。いいなと思った一つは、コンクリート打ち放しに床はフローリングという部屋でした。まだデザイナーズマンションという言葉もない頃でしたが、飾りっ気がなくて構造の力強さがそのまま表現されたような空間に、実用性とはまた別の強い満足感を覚えました。もう一つは、おそらく個人オーナーが自分で住むために、建築家とつくった一軒家。木造でシンプルで、細かい工夫がなされていました。
一方、悪さの見本のような、ミニ開発の建売住宅も体験しました。ドアノブなど、ひとつひとつのパーツが見た目の高級感を演出しながらチープな素材で、日々それに触れるたびに気持ちが沈みました。
経済合理性と万人受けを優先するとどうなるのかを実感しました。いま思えば、引っ越しを繰り返したことも無駄ではなかったと思います。
アーキネットの門を叩いたのは、しばらく郊外で暮らしたあと、久しぶりに都心に戻りたいと引越しの虫が騒ぎ出した時のこと。賃貸ではなかなか思うような物件がなく、前述のヘアデザイナーさんの部屋の印象が強かったことと、同じ職場にアーキネットの他のプロジェクトに参加した人がいたことが後押ししました。最初は半信半疑でした。自由に設計して普通の分譲マンションより安くなるはずがないと思っていました。当時、目黒アパートメントと五反田、いくつかプロジェクトが立ち上がっていて担当者にもお会いして話を伺いました。与太話みたいですが、最終的に参加するプロジェクトを絞る段階で、最寄駅からの徒歩ルートを確認しようと妻に歩かせたところ、余程の方向音痴だったらしく、JR目黒駅から目黒アパートメントの予定地に向かったはずが、なぜか五反田の予定地に着いていました。それも何かの縁だと感じました。実際にプロジェクトに参加して、設計を進める中で、コスト云々よりも、ほぼすべての物事の決定プロセスに関与するという仕組みそのものの価値に気づきました。
床から天井までの窓は要望通り。 桜の花が屏風 のように美しい。
キッチンにも横長のスリット窓。壁の仕上げは要望通りのモルタル仕上げ。
決め手
駅からの近さと、目の前の桜並木、背景の池田山の街並みです。なかなかこういうところはないなと感じました。不動産関係の知人にも聞きました。自分たちは転売するわけではありませんが、できるだけ資産価値の目減りが少ない物件を選ぶのがポイントで、それには都内の駅近がいい、という意見でした。参加を決めた時は上から二番目の住戸とこの住戸の二つが参加募集中でした。やっぱり目の前に緑があるのがいい、というのが決め手です。ルイス・バラガン邸(※メキシコの巨匠建築家、ルイス・バラガンの自邸。メキシコ特有の深い自然の中にピンクや黄色を配色したデザインが有名。)の写真で、窓の外の緑がみえる感じがとても好きでした。プランも、窓のつくりまで建築家と自由に設計できると聞いていました。
三つの要望
最初に建築家には、
- 例えばコンクリート打ち放しの壁のように構造とデザインが一体化した質実剛健なスタイルにしたいという大まかな方向性と、鉄やガラス、木といった伝統的な素材を使うことで質感を統一したい。
- 床フローリングは張り方や材質までこだわりたい。
- 窓は床から天井までとにかく大きくするか、もしくはスリット状にするなどプロポーションが変わった開口の開け方にするか、場所によって使い分けたい。
と要望しました。建築家の西田さんは「外に向かって開いた部分と内側に閉じた部分のコントラストをはっきりつけましょう」と、我々の曖昧な思いを受け止め言語化してくれました。壁は内断熱が採用されたためコンクリート打ち放しは断念。モルタル仕上げにしましたが、それはそれでモルタルならではの雰囲気があり悪くありませんでした。住みはじめてみて、収納はちょっと足りなかったかと思ったりはします。ちょっと尖ったものにしたいなと思っていて、最初に「機能性は考えなくてもいい」などと話していたので、ある意味その通りになりました。
居場所がたくさんあるプランに
工夫というと全てですが…。南側の部屋の使い方は西田さんに提案してもらいました。最初の案では南側は全てベッドルームでした。でも完全にプライベートの場所にするのはもったいないなと思いました。そうすると、低いクローゼットでベッドルームとリビングスペースとを分ける提案をいただきました。当時サクラテラスの担当者から「居場所がたくさんあるプランになりましたね」と言われて、そのとおりだと感じました。南側に複数の場所、東側のテーブル、テラス、そして階下の桜並木に面した出窓といった感じで。
どの場所も心地よい
どの場所もいいです。南側リビングからの桜の眺望はやはり抜群でした。東側のテーブル周りは、直射日光はほとんど射さず、代わりに外の緑が日の光を受ける様子を眺めたり、桜並木を通る人の気配を感じたり、ちょっと奥まったところに居ながら外部環境とのつながりを感じることができるレイアウトが気に入っています。テラスは引っ越した頃が夏で気持ち良かった。バスルームに大きな窓をつけたのも正解で、長い時間お風呂に浸かりながら本を読んでいます。一時間ぐらいずっと入っています。また、コンクリートのキッチン天板に、食器を置いたときの『コツ』という堅く確かな手応えが好きです。犬は普段はエアコンの前を独占しています。ちょうどガラス張りで外の様子が見えるので、サクラテラスのエントランスを監視できる位置になっています。おかげさまで、プロジェクトの期間中、とても楽しめました。ありがとうございました。
階段のつくりも工夫し、上下階のつながりを生み出している。
テラスを桜並木側に配置。東側のリビングと桜並木の緩衝帯となり、東側リビングと南側スペースをつなぐ役割も。
横に細長い窓と、桜並木側は大開口の窓ガラス、構造の梁を強調したデザインは一番のこだわり。